STORY
蛇尾 1
結局のところ、この世界に対して、わたしが思い描く風景、というのは、たったのふたつきりでしかない。
砂漠。
と、
独房。
それだけである。
これらの風景は、わたしが物心ついてから変わることなく、常に、わたしと共にある。どこかで虚ろな風が吹いている。地平線はゆるやかな弧を描き、見渡す限りなにもない。晴れでもなく曇りでもない空は、昼も夜もない。灰色の空と、灰色の砂。狭い独房がたったひとつ。わたしは、そのなかにいるのか、外にいるのか、どちらにせよ、同じことである。
わたしはたぶん自由なのだろう。灰色の砂漠を当てもなく彷徨う、という選択肢しか与えられていないにせよ。あまりの果てしなさに、気が遠のく。あるいは、この果てしない自由から逃れるために、独房へこもる。そして、鉄格子の隙間から外界を眺めながら、外側と内側ではどう違うのか、考える。なにもない、という点において、どちらも同じことではないのか。わたしは自由な囚人である。この、果てしない世界で、なにをしても構わないが、同時に、なにもできはしないのだ。
だから、わたしは、都会の真ん中にいても、人のなかにいても、いつどこであれ、すぐに遭難してしまう。わたしの砂漠だけがどこまでも広がっている。そこには誰もいない、なにもない。ただ、荒涼で、空虚で、無限の時間が流れ、あるいは止まっている。冷たい風が吹き抜け、身震いする。わたしは身動きを取ることもできない。わたし自身が独房そのものであるかのように、鉄格子はあまりにぴたりとわたしに密着している。そしてその小さな覗き窓から、遠い地平線をぼんやりと眺めるのだ。いったい、わたしはなにを待っているというのか。わたしは、砂漠と独房の関係を考え始める。うんざりするほど自由で、極刑を望むほど不自由である。
こんな具合だから、わたしは平凡な社交関係を築くことも、実際的な生活を営むこともできない。ありとあらゆるところから、砂漠と独房が現れ、わたしをそれらから引き離してしまう。そうして、永遠に孤独で、永遠に虚しく、これらの永遠に終わりが訪れることを期待しつつ、永遠になにかを待っているのである。わたしはいくつかの可能性を思い描く。わたしが待ち続けているもの、それは、失われた幼年時代、あるいは、神と呼ばれるものの裁き、あるいは、あるいは、あるいは。このようにして、わたしは、近代的な社会生活を営む代わりに、無限に続く自問自答の連鎖から逃れることができない。さらには、ここまでわたしが書いてきたこと、また、これから書き続けるかもしれないこと、そのどちらにも意味などまったくない、と、ほとんど確信しつつ、それでも、わたしは、遅々としてはかどらない筆を執っているのである。いったい、わたしはなにがしたいのか、わたし自身にもわからないのだ。わたしは、本当に砂漠で遭難しているのである。鉄格子にくるまって、砂の上をごろごろと転がりまわってみようか、などと思う。そうしたら、少しは、ほんの少しは、楽しいかもしれないではないか。だが、すぐにそんなばかばかしい思い付きは消え失せ、またもの思いにうち沈む。こうして、わたし自身の思い付きをすぐに否定し、否定して、拒絶して、わたしがわたしであることに疑惑を抱きながら、また、わたしがわたしであることを憎しみながら、わたしは、愚にもつかぬことをこねくり回し、あたかも、砂漠の砂からなにかが産み出せると信じてでもいるかのように、あることないこと、たわごと、繰り言、とりとめもなく垂れ流し続けているのである。そして、垂れ流した文章は、結局、砂漠の風になって消えてしまう。あるいは、砂になって。
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